2026/03/25

「最後の皇帝と謎解きを」を読んだ。

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「最後の皇帝と謎解きを」(石丸幸平著 2026 宝島社 電子書籍版)を読んだ。106
フォロアーの方のXで「めっちゃ面白くて」と書いてあったので、興味を持った。何が良かったか聞いたら、全部カナが振ってあるのが良い・・・。何のことかピンと来なかったが、読んでみて分かった。名前に全部ルビが振ってあるということ。設定が、清朝滅亡直後の中国ということで納得した。中国語バッチリのフォロワーさんらしい。

紫禁城にいる最後の皇帝溥儀と、溥儀に水墨画を教える日本人の青年が、紫禁城で起きた殺人事件の謎に迫るというもの。一か月前に読んだので、詳しくは忘れてしまったが、清朝の王宮内や宦官の制度のことが少しわかった。

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2026/03/19

水戸街道二日目/松戸宿から小金宿・柏まで

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2026年3月14日,水戸街道を松戸宿から小金宿を経て柏までの約13kmを,約7時間で歩いた。今回もは街道歩きの仲間TさんとHさんとの三人での道中。Tさんの案内で途中のいろいろなところを巡り,約20km。前回の極寒の中での歩きと違い,暖かく穏やかな日和で歩きやすかった。ただ,花粉の影響で鼻水が止まらずつらかった。
今回のスタートは,松戸神社。祭神が日本武尊だという。松戸神社神楽殿の天井絵および杉戸絵は,1888(明治21)年に描かれ,松戸市指定文化財となっている。
松戸市街を北に進むと,間の宿馬橋となる。馬橋には萬満寺というりっぱなお寺があった。

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やがて,小金宿となる。小金宿は,千住,新宿(にいじゅく),松戸と歩いてきて,日本橋から数えて四番目の宿場となる。水戸街道は,JR北小金駅に通じる交差点で,右折する。この交差点には,右水戸道中や右水戸海道などの道標が立っている。小金周辺には、小金牧といって、江戸幕府の軍馬養成のための放牧場が広がっていたという。旧街道は,流山市や柏市と続く。今回の水戸街道歩きは,柏神社で終了。

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2026/03/18

PC再セットアップ+Wi-Fiルーター

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3月になってデスクトップパソコンが不調で、作業中に急にシャットダウンしたり、異音がするようになっていた。だましだまし使っていたが、最近シャットダウン・再起動を繰り返し、まったくPCが立ち上がらなくなってしまった。もうこれは寿命であきらめようと思っていたが、ダメもとで、BIOSセットアップユーティリティをつかって再セットアップしたら、見事に成功した。前回の再セットアップは2021年9月。そのときは再セットアップディスクを使ったので、Windows10で購入時のところからのやり直しだった。でも、今回はきちんとWindows11になっていたのでよかった。Office2024LTSCもインストールでき助かった。でもプロダクトキーは入れていないので若干の不安が残る。とりあえず、自治会長の向こう一年間は動いてほしい。

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docomo光を利用しているが、2012年5月にフレッツ光ネクスト西日本が開通した当初から、ONUはPR-400NEを使っている。Wi-Fiは、PR-400NEにSC-40NEを挿して使っていた。docomoショップで、このWi-Fiが遅いのではないかと聞いていたので、型落ちではあるがWi-Fi6ルーターを購入してみた。快調。

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2026/02/24

牧之原市/大鐘家住宅

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牧之原市片浜にある大鐘家住宅は,約300年前の建造物で,江戸時代の大庄屋大鐘家の住宅である。母屋(上写真)と長屋門(下写真)は,国指定の重要文化財である。
大鐘家七代目大鐘藤八郎貞綱は,柴田勝家の甥・丸岡城主の柴田勝豊に仕えた。貞綱は,1597(慶長2)年に,この地に移り住んだという。母屋裏手の「蔵の史料館」には,大鐘藤八郎貞綱の画像が展示してある。

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大鐘家は花庄屋ともよばれ,時季になるとあじさいや酔芙蓉が咲き誇る。訪れた2月には,母屋でつるし飾展が行われていた。今回の街道歩きでは唯一の癒しのスポットであった。帰りに売店で健康に良いという「百葉茶」を購入した。

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2026/02/23

田沼街道二日目/吉田町・小山城跡から相良起点まで

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2月22日,先月に続きYさんと田沼街道を,榛原郡吉田町の小山城跡から牧之原市相良の田沼街道起点まで約12kmを4時間で歩いた。静鉄ジャストライン北片岡吉田特別支援学校バス停で下り,小山城跡のトイレを借りてからスタート。廃線された静岡鉄道駿遠線上吉田駅を見て,国道150号を南下する。坂口谷川を渡り牧之原市に入ったところで,旧道に入る。旧榛原町の細江地区や静波地区には,昔ながらの町並みが残る。勝間田川を越えると旧相良町。大鐘家住宅(おおがねけじゅうたく)の長屋門の前には田沼街道が通っていて,廃城となった相良城の石垣が残っている。

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大江地区で,国道150号から旧道に入る。しばらく萩間川左岸を歩き,湊橋を渡ると田沼街道起点がある。ここは,昨年12月に茶の道の起点まで歩いたときにも寄った。時間が迫っていたので写真を撮ってバス停に急いだが,同行のYさんは,近くの仙台河岸まで行ってきた。それでもぎりぎりバスに間に合ってセーフ。仙台河岸は,相良藩の重要な船着き場だったとか。さすがYさん。

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2026/02/08

水戸街道一日目/千住宿から松戸宿まで

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2026年2月7日,水戸街道を千住宿から松戸宿まで約13kmを,約6時間で歩いた。今回は街道歩きの仲間TさんとHさんとの三人での道中。Tさんの案内で途中のいろいろなところを巡り,約20km。途中雪が降る最悪の条件のなか,何とか歩きとおした。
北千住を歩くのは,2回目。2011年2月19日に旧日光道中第一日目に通っている。実に15年ぶり。当時のことは全く覚えていない。ただハードディスクには,日光道中と水戸街道の追分の写真があった。当時から花壇があった。この写真は2026年。

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この日はとにかく寒かった。荒川放水路・中川・江戸川の堤防や橋の上は寒風を防ぐものがないから,大変だった。でも,目的の一つ,両津勘吉像を見ることができよかった。亀有では,外国人らしい観光客の姿も目立った。
葛西神社を経て,金町関所跡まで足を延ばし,江戸川を渡り松戸宿本陣跡をみて今日の歩きは終わり。

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2026/01/27

「成瀬は都を駆け抜ける」を読んだ。

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「成瀬は都を駆け抜ける」(宮島未奈著 2025年 新潮社刊)を読んだ。本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」,続編「成瀬は信じた道をいく」,そして本書は成瀬あかりシリーズの三作目,完結編だ。「やすらぎハムエッグ」「実家が北白川」「ぼきののか」「そういう子なので」「親愛なるあなたへ」「琵琶湖の水は絶えずして」の短編6編からなる。それぞれの短編は,主人公成瀬にかかわる様々の人の視点で描かれていて,成瀬の人柄にひかれていく。
成瀬はびわ湖大津観光大使を務めている。京大2回生となり,京都を極めると,友人からもらったガイドブックに付箋が貼ってあった100か所すべてをクリアしようとする。そして,盲腸でびわ湖大津観光大使としての琵琶湖疎水のガイドができなくなり,幼馴染で東京に住む島崎に代役を頼む・・・。

とにかく痛快な小説。三作目で完結というのは惜しい。続編が望まれる。

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2026/01/21

小山城跡

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田沼街道一日目のゴールは小山城跡。小山城は,1571(元亀2)年頃,榛原郡吉田町片岡の能満寺山にあった砦を,武田四天王の馬場美濃守信房が拡張・改修して築城したとされている。小山城の西には,半月状の三日月堀が三つ並んでいる三重堀がある。その東の二の郭には,三日月形の堀があり(写真),馬出しがある。その東側が本郭である。

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二の郭には,犬山城を模した天守閣型の展望台小山城が建てられている。展望台からは,富士山がきれいに見えた。

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2026/01/19

田沼街道一日目/藤枝・勝草橋から吉田・小山城まで(2)

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田沼街道は,東名高速道路をくぐり焼津市上新田からはのどかな道となる。港湾道路を過ぎると,焼津市相川に田沼街道下瀬越跡の標柱が立っている。標柱には「大井川下瀬越は対岸の高島村(吉田町川尻の内)から浅瀬を選んで本瀬を渡り,中洲を北上して旧堤ぞいの小分流を渡ってここ相川・西島村境にあがる形で行われていた」とある。ここ下瀬越の地から大井川を下流に斜め方向に渡っていたらしい。

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標柱からまっすぐ進み大井川の堤防を左へ曲がると国道150号と合流する。大井川を国道150号富士見川橋で渡る。焼津市から榛原郡吉田町となる。振り返ると,富士山がきれいに見えた。

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2026/01/17

田沼街道一日目/藤枝・勝草橋から吉田・小山城まで(1)

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2026年1月12日(月)成人の日に,Yさんと共に田沼街道を藤枝市勝草橋から,榛原郡吉田町の小山城跡まで約12kmを4時間で歩いた。田沼街道は,東海道の藤枝宿の瀬戸川にかかる勝草橋南詰の志太一里塚から分岐して,大井川を渡り老中田沼意次の居城相良城下まで約28kmの道のりである。東海道歩きのときにいずれは田沼街道を歩こうと思っていたが,念願が25年ぶりにかなうことになる。勝草橋も東海道すじも,以前に比べて整備され大変きれいになったという印象。
写真の田沼街道蹟は,勝草橋南詰から瀬戸川右岸堤防沿いを100mほど下ったところにあり,ここから堤防から分かれて進む。

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藤枝市から焼津市の田沼街道は,静岡県道33号・藤枝大井川線にほぼ沿っている。藤枝市内では泉町付近に100mほど旧道が残っている。この付近から富士山がきれいに見えた。藤枝市大東町付近で東名高速道路をくぐり,焼津市上新田(旧大井川町)に入る。

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