馬防柵と信玄塚(散策会2)
姫街道の会・散策会の続きで,設楽原の馬防柵へ行った。さすがにボランティアの人はくわしい。馬防柵は約全長2km。北側は信長方,南側は家康方の柵で,多少作りが違うことを初めて知った。馬防柵での戦法でも,信長軍は馬防柵の後ろで鉄砲を構えたのに対し,徳川軍は馬防柵の前でも鉄砲を構えている。それだけ三河武士の気概を示したかったのかもしれない。
次に,設楽原古戦場横の信玄塚に向かった。設楽原で合戦があったときには,すでに信玄は亡くなっているが,信玄の威光が大きく信玄塚と名付けたそうだ。武田軍1万,織田・徳川連合軍6千の死者が葬られたとされる。この竹広地区では,毎年死者の霊を弔う火おんどりが行われている。その後,設楽原歴史資料館を見学した。盛りだくさんで充実した散策会となった。
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