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2020/01/22

美濃・赤坂宿/赤坂港会館

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中山道の赤坂宿といえば,火の見櫓と赤坂港跡。赤坂港は,かつての杭瀬川で,明治後期から大正にかけて栄えた舟運の基地だった。材木や・米・石灰などを運んだという。赤坂宿の北には金生山があり,今でも石灰が採掘されている。

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赤坂港会館は,1875(明治8)年に赤坂宿の谷汲道の追分につくられた岐阜県警察の屯所の建物で,現在地に復元され,赤坂港跡や赤坂宿の資料を展示している。

 

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コメント

てっかちゃんです。
東三河しか知らない私です。つい、100年ほど前には、舟運が盛んに行われ地名にもなっているのですね。新城市の船着は知っていますが・・・

投稿: 手塚 誠 | 2020/01/23 09:43

コメント,ありがとうございます。

新城市は山の湊として知られていますよね。
昔は今より豊川本流の水量も豊富だったのでしょう。いまは,堰やダムがあって,舟運もままならないということでしょう。

中山道・赤坂では,大正時代に美濃赤坂駅ができ,鉄道による輸送が発達したことで,舟運が衰えたそうです。

投稿: 萩さん | 2020/01/23 13:28

てっかちゃんです。
以前、新城の一鍬田頭首工から下流なら、ゴムボートで豊川河口まで行けるかなと思いましたが、実行していません。穏やかな日に川下り、やってみたいとは思っています。

投稿: 手塚 誠 | 2020/01/24 11:49

ゴムオートなんて,怖。
若いときには豊川の吉田城下などで,観光用のボートをこぎましたが,もう怖いです。
てっかちゃんがやるなら,陸から応援します。
そのときは,教えてね。

投稿: 萩さん | 2020/01/24 19:29

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