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2021/03/20

田原市大草/一色七郎墓所跡

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一色七郎(政照)は,室町時代の三河国渥美郡の郡代であった。承久の乱後,足利義氏が守護となって以来,三河国は足利氏の地盤であったという。一色氏はその足利氏の一族で,七郎は田原に屋敷を構えていた。ところが,1467年に京都で応仁の乱が起きると,七郎は西軍の山名宗全の軍に参陣し,十年も戦い続けたという。そして,田原の地にもどると,新興の戸田宗光に所領を奪われていた。七郎には,もはや戸田氏にあらがう力はなく,この大草の地で隠居させられたという。

大草には一色七郎墓所跡の石碑が残る。七郎の死後,戸田宗光は七郎の菩提を弔うために,隠居場所があったこの地に宝憧寺を建てたが,その後廃寺となり,一色七郎の墓は戸田氏菩提寺の長興寺に移されたという。 

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今回の取材では,大草市民館の藤原館長に案内をしてもらった。藤原さんたちは,大草の歴史を研究していて,講演会や研修会を定期的に開いているという。この会は15年も続いている。素晴らしいことだ。下の写真の宝憧寺跡も整備したということで,ここではお月見の会も開かれるという。

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コメント

ちょっと書籍の紹介を。
三遠地方民族と歴史研究会発行の三遠の民族と歴史 第8号に
「一色氏の興亡と田原一色七郎政照」(横田弘道著)が書かれ
ています。令和元年の出版です。

13年前に私もここを訪れましたが、私にとって一色氏は一色
刑部少輔(時家)の一色城(豊川市牛久保)でした。
ですが、この書籍を読んでみると一色七郎氏に興味が湧いてき
ますね。萩先生、またいろいろと教えて下さい。

投稿: 横田 | 2021/03/28 23:22

一色七郎については,去年初めて知りました。
一色といえば,西尾の一色が有名ですが,
渥美にも一色という地名が多いのに驚きました。身近な地域にも,歴史を物語る遺跡がたくさんあるのですね。
それにしても横田さんの博学は,すごい。こちらこそ,いろいろ教えてください。

横田弘道さんは,大草・大泉寺の住職なんですね。

投稿: 萩さん | 2021/03/29 07:33

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