2022/10/23
2022/10/21
時代の反逆者たち
昨日まで「時代の反逆者たち」(保阪正康 ちくま文庫2022年刊)を読んだ。本の帯には,「歴史は変えられたのか! 10人の異端者、栄光と挫折」とある。取り上げられているのは,石原莞爾(いしわらかんじ),宮崎滔天(みやざきとうてん),出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう),田中正造,田代栄助,西郷隆盛,佐久間象山,高野長英,大塩平八郎,大石内蔵助。読み仮名付きの3人の名前はなかなか変換できずにいたが,ATOKで「いしわらかんじ」と打って変換すると,一発変換。さすがATOK。・・・自分が知らなかっただけか。トホホ。
田中正造・佐久間象山・高野長英,名前は知ってはいても,詳しくは分からない人のことを知ることができた。高野長英の項では,田原藩の家老・渡辺崋山のことも出てきた。
2022/10/19
2022/10/18
下津城跡と鎌倉街道の碑
下津城(おりづじょう)は室町時代中期の築城で,1400(応永7)年,尾張国守護の斯波義重が守護所を置いたといわれている。応仁の乱後,尾張国守護代の織田伊勢守家・織田敏広が入城したが,1476(文明8)年に,分家筋の織田大和守家・織田敏定に敗れ,下津城は焼失している。その後,清洲城を居城とする敏定と,岩倉城を居城とする敏広が,尾張国を分割統治することになる。
下津城は,現在の稲沢市立下津小学校周辺だといわれている。
下津城の南には住吉神社があり,その西隣に鎌倉街道址の石碑がある。碑文には,
「この地は古く折戸の宿といって鎌倉街道が通り,交通の要路を占めて戦国時代には下津城も築かれたが,西方に岐阜街道が整備されるとともに街並も移転して,街道としての機能を果さなくなった。」とある。
下津地域の鎌倉街道歩きでは,主に岐阜街道(鮎鮨街道)を歩いている。
2022/10/17
2022/10/16
妙興寺
一宮市大和町にある妙興寺は,正しくは長嶋山(ちょうとうさん)妙興報恩禅寺という。1348(貞和4)年に,滅宗宗興(めっしゅうそうこう)が開山した,臨済宗妙心寺派の寺院。本尊は釈迦三尊像。南北朝時代には尾張の北朝勢力の拠点であり,歴代の足利将軍から庇護を受けていたという。戦国時代に衰微するが,豊臣秀次(または秀吉)により再興した。妙興寺の境内全域が愛知県指定史跡。
鎌倉時代の禅宗様式を保つ妙興寺の建物の多くは,火災により焼失したが,その後再建されている。写真の佛殿は,1925(大正14)年再建。鎌倉街道は,妙興寺の東側を南北に通っていた。
創建当時から残る勅使門には,後光巌天皇から賜った勅額「國中無雙禅刹」がかかっている。勅使門は,国指定重要文化財。
2022/10/15
愛知の鎌倉街道を歩く/三日目・下津から清洲
愛知の鎌倉街道三日目を歩いた。前回終了の一宮市大志1丁目交差点からスタート。妙興寺を経て河曲橋(こうわばし)・油田遺跡(あぶらでんいせき)・赤池一里塚,そして下津(おりづ)へ。四ツ家追分からは,美濃路と重なる。そしてやっとの事で,名鉄新清洲駅まで,鎌倉街道区間約13km。今回は,笠懸の松への寄り道や,東海道本線に隔たれた迂回区間4kmも含めると,20km弱を見学を含め6時間で歩いた。
河曲橋は,木曽川の分流鵜沼川にかけられた鎌倉街道の橋だそうだ。この地で,源行家が陣を張ったそうだ。
この日の稲沢市の最高気温は27度。日差しがきつく,下津を歩いているときには休憩施設もなく,熱中症の手前だった。四ツ家の追分は,美濃路と岐阜街道(鎌倉街道)との追分。ここからは,2019年3月に歩いている→美濃路二日目。今回は清洲城はパスした。
2022/10/09
ヤマナメクジとツチグリ
月一度の吉祥山登山。今回は友人たちと楽しいハイキング。10月の山道には,野菊をはじめかわいい花がたくさん咲いていると期待していたが,今年はほとんど花がない。下ばかり見て下山中,何か変なものが・・・。実にグロテスク。私が騒いでいると友人が「ナメクジ」
彼は,すぐスマホで写しGoogle検索。やはりナメクジの仲間らしい。自宅で確認すると,ヤマナメクジという日本在来種らしい。大きいものは15~16cmになるらしい。ちゃんと触覚もみえたが,動かなかった。
しばらく下山すると,今度はツチグリらしきもの。一瞬クヌギの実かなとも思ったが,写真を見返してみると,胞子の吹き出し口らしきものがある。右には,成長過程と思われるものがあり,勝手にツチグリと決めた。しかし,今日の写真は茶色いものばかり。
2022/10/08
いーばしょ渡船 村祭り/牛川の渡し物語
10月8日(土)17時まで,牛川の渡しで「第1回 いーばしょ渡船 村祭り」が行われている。だんごやゲームコーナ-など,さまざまなブースがあり,賑わっていた。渡船に乗る人や豊川(とよがわ)の風景をながめる人もいた。 このイベントの目的には,「1人1人の小さな一歩のチャレンジが集まり一つの祭りにする事で子どもからお年寄りまで誰もが新たな人やモノ、体験にで会える場所を作りたい。」とある。だんごやゲームコーナ-など,さまざまなブースがあった。
ネットの友だちmichiさんの紹介で,豊橋市在住の作家住田真理子さんのブースに立ち寄った。住田さんは,豊川海軍工廠での物語「ハイネさん」や,「公務員船頭 牛川の渡し物語」などを出版している。
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