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2025/09/30

9月最終日に吉祥山に登った。

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吉祥山登山,142か月連続・146回目。9月14日の町内の草取りで熱中症になり,その後遺症で体調がすぐれなかったが,少し改善したので,9月最終日に吉祥山に登った。下山しても体調が悪くならなかったので,一安心。

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登山道にはとげが鋭いタラノキがあった。何回も歩いているのだが,今まで気がつかなかった。朝方の雨で枝が登山道に倒れ掛かってきたのだろう。小さな白い花,そして緑色から黒に変わる実がなっていた。これは春先にタラの芽が見られるかも。

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2025/09/05

伊予原新/翠雨の人

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翠雨の人(伊予原新著 2025年7月 新潮社刊)を電子書籍で読んだ。

物語は,気象庁を定年退職して数年後,奈良岡が小平霊園にある猿橋勝子の墓に参ったところから始まる。奈良岡は,墓に紫陽花を供えた。勝子は生前「紫陽花は,わたしと気が合うの。雨が好きなのよ―。」とよく言った。翠雨とは,木々の青葉に降る初夏の雨のことだそうだ。
幼いころ雨に興味を持った勝子は,帝国女子理学専門学校に進学する。二年生になった勝子は,実習の中央気象台で三宅泰雄に出会い,「ポロニウムの物理・化学的研究」という研究題目をあたえられる。ポロニウムは,マリー・キュリーが発見した放射性元素だ。
昭和22年,勝子は気象研究所の正規研究員となる。奈良岡は同僚である。その後,アメリカのビキニ水爆実験で降った「死の灰」による放射能汚染の測定にたずさわり,研究の成果が認められた勝子は,東京大学から理学博士号を授与された。そして,平塚らいてふに認められ,国際民主夫人連盟第四回世界大会に派遣され演説した。
猿橋勝子のお別れの会に出席できなかった奈良岡は,自分の孫が医学の道に進むことを報告した。

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2025/09/04

豊田市博物館/特別展「古代エジプト」

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豊田市博物館に行き,「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」を観てきた。副題には「掘り起こせ,三千年の謎」とある。昨年から,本村凌二氏の「地中海世界の歴史」を読んでいて,エジプトの歴史については興味があった。最近,NHKでも特集番組があった。ずっと行きたかったのだが,やっと昨日行けた。予想以上の人気で,チケットを買って入場するまでに30分はかかった。展示場内は,とても混雑していた。

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レリーフやミイラの木棺,胸像,宝飾品,土器など150点もの名品が展示されていて,圧巻だった。人が多くて,見逃しも多かったが,素晴らしかった。

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