2020/11/28

初生衣神社

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伊勢神宮関連の取材で,浜松市北区三ヶ日町岡本の初生衣神社(うぶぎぬじんじゃ)へ行ってきた。この地は,伊勢神宮の濱名神戸の地とされ,この神社は濱名斎宮ともいわれる。この神社の祭神は,天棚機姫命(あめのたなばたひめのみこと)で,機織の祖神だそうだ。写真茅葺きの建物は,「織殿」と呼ばれ,この建物で三河の赤引糸を織って「御衣(おんぞ)」にしたという。この御衣は,伊勢神宮内宮(皇大神宮)に奉納されたという。「織殿」は浜松市指定有形民俗文化財。おんぞ祭りは,4月13日に行われる。

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社務所はないが,無人の「織姫の館」があり,ガラス窓の内部には復元した織機を展示している。絵馬はあったので,購入。代金は賽銭箱に入れてきた。

近くに濱名総社があり,ここで織った御衣を濱名総社で祓い清め,内宮に奉納するまで一時留め置いたということだ。

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2019/11/09

三河総社と三河国府跡

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先日訪れた豊川市白鳥町の白鳥神社のそばに,三河総社がある。律令時代,地方に派遣された国司は,赴任時と毎月一回,国内の神明帳にある神社すべてに参拝することになっていた。その負担が大きかったので,すべての神社の祭神を一か所に集め,祀ったという。三河国の五十九の神社が集められたのがこの三河総社だそうだ。

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三河総社の東に,曹源寺がある。この寺の境内から三河国府の遺構が発見された。曹源寺本堂が建つところが三河国府の正殿だったという。

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2019/11/03

白鳥神社と法雲寺・白鳥地蔵尊

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先日,豊川市白鳥町の白鳥神社へ行った。地図を見ながら行くと,どうも二回目の東海道歩きのときに通ったようだ。家に帰って確認すると,同じ写真があった。でもこのときは,重要視していなくて,HPには掲載していない。03の名鉄踏切を渡った北の丘にあたる。

東三河には,新城市や豊川市を中心に多数の白鳥神社がある。ヤマトタケルの東征の際,岡崎・甲山(かぶとやま)の賊を打ち破ったあと,本宮山北麓の作手(つくで=現新城市)を平定し,遠江に向かったのではないかとされる。

この白鳥神社の祭神は,日本武尊。但し,由緒では,後花園天皇の時代(1400年代)に「尾州白鳥神社を勧請して日本武尊を祀る」とあり,この地は直接ヤマトタケルに関わることは,無いようだ。

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白鳥神社の二軒東に,白鳥山地蔵院法雲寺がある。白鳥地蔵尊と呼ばれ,木造延命地蔵菩薩半跏像は,豊川市指定有形文化財。

法雲寺の山門は,旧東海道赤坂宿の赤坂陣屋薬医門を移築したものと伝わる。本陣の門とする説もあるようだ。確かめてみよう。

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2019/10/19

国宝金蓮寺弥陀堂

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10月17日の西尾散策会で,金蓮寺(こんれんじ)弥陀堂を見学した。愛知県内最古の木造建造物で,源頼朝が1186(文治2)年に,三河国守護の安達盛長に命じてつくらせた三河七御堂の一つと伝えられている。建築様式から,鎌倉中期のものとされる。

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観光ボランティア・吉良あないびとの会の方の説明によると,小組格天井(ごうてんじょう)が,国宝になった理由だそうだ。

安置されている木造阿弥陀如来及び両脇侍像は,愛知県指定文化財。

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2019/10/17

華蔵寺と吉良上野之介

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姫街道を学ぶ会の西尾散策会で,愛知県西尾市の吉良の里を散策した。まず,吉良家墓所の華蔵寺を見学。吉良上野介義央(よしひさ)は,浅野内匠頭の恨みを買い,松の廊下で刃傷沙汰となった人物。忠臣蔵で有名。地元には,黄金堤をつくり,領民に声をかけるなど,良い殿様だったという言い伝えがある。

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華蔵寺の御影堂には吉良義央の木造がある。県指定文化財(彫刻)

吉良/華蔵寺の萩

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2019/10/06

古代東海道駅伝展/浜松市博物館

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浜松市博物館で,特別展「古代東海道駅伝展」を見てきた。伊場遺跡発見70周年,浜松市博物館開館40周年記念だそうである。伊場遺跡からは,奈良・平安時代の木簡や墨書土器が発見され,この地に敷智(ふち)郡の役所と栗原駅家があったことが分かっている。

律令国家時代には,朝廷は全国を五畿七道に分け,まつりごとを行っていた。七道のうち,東海道は中路にあたる。当時の官路は道幅10mの直線道路で,駅家(うまや)が30里(約16km)ごとに置かれていた。

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伊場遺跡群のどこかには,栗原駅家が置かれていたと考えられる。写真の木簡には,栗原玉造部とある。

この特別展は,11月24日(土)まで。

 

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2019/08/25

浜松市立雄踏図書館と金山天神社

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昨日8月24日に,湖西市吉美の熱田神社と浜松市西区雄踏町の金山天神社に行った。いずれも,ヤマトタケルにゆかりのある神社だ。金山天神社をgoogle mapで調べると,どうも雄踏図書館に隣接するらしい。それで,車を雄踏図書館の駐車場に止め,まずは図書館に。すると入口にヤマトタケルの銅像が。ついでに,郷土コーナーの書籍を見ると,旧東海道関係の書籍がある。せっかくなので借りようと思ったが,浜松市民ではないのでダメだった。残念。

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雄踏図書館の裏手に,金山天神社はある。いわれを見ると,日本武命が,「この浦に泊まりて,当金山に登り,雄々しく踏み固めたことにより,この里を雄踏と称するようになった。」とあった。雄踏町は,平成の大合併により浜松市の一部となったが,由緒のある名前だ。図書館にヤマトタケルの像があるのも分かる。

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2019/08/24

湖西市・熱田神社

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湖西市吉美(きび)の熱田神社へ行ってきた。ヤマトタケルが東征したときの陣所があったそうだ。 

ちょうど,右手の建物では,10月第一日曜日に行われるお祭りの準備で,しめ縄造が行われていた。年配の方が一人で,後は若者四人が指導を受けながら,作業をしていた。伝統が上手に受け継がれているようで,頼もしかった。お祭りでは,屋台がならび,馬も走るという。流鏑馬神事は湖西市指定無形民俗文化財。

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日本武尊御陣所之址の石碑が建つ。

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2019/07/28

すせ浅間まつり/足浅間・腹浅間・頭浅間

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国道362号ぞいにのぼりが立っていたので,「すせ浅間まつり」に行ってきた。この祭りは,7月の最終日曜日に行われる。嵩山の浅間神社は,古く750(天平勝宝2)年,富士山本宮浅間神社から勧請されたと伝わるそうだ。ふもとの足浅間(富士社),中腹の腹浅間(原川社),山頂の頭浅間(大山社)の三社からなり,それぞれ足・腹・頭の病に効くという。

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昨年11月,長彦自然歩道から豊橋自然歩道の大知波峠・富士見岩を通って頭浅間まで歩いている。昨年は,頭浅間から嵩山自然歩道を下り,途中から蛇穴まで歩いている。今日は,まず旧道の浅間神社登り口(写真上)から270段の石段を登り,足浅間へ。次に,5分程度登ると腹浅間(写真下)。そして,ここまで来たら挑戦しようと,嵩山自然歩道を30分かけて山頂の頭浅間まで頑張って登った。途中,蛇穴への分岐を過ぎてからが大変。とてもきつかった。それでもちゃっかりお茶をごちそうになり,下っていった。すごい汗。

 

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2019/06/15

馬防柵と信玄塚(散策会2)

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姫街道の会・散策会の続きで,設楽原の馬防柵へ行った。さすがにボランティアの人はくわしい。馬防柵は約全長2km。北側は信長方,南側は家康方の柵で,多少作りが違うことを初めて知った。馬防柵での戦法でも,信長軍は馬防柵の後ろで鉄砲を構えたのに対し,徳川軍は馬防柵の前でも鉄砲を構えている。それだけ三河武士の気概を示したかったのかもしれない。

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次に,設楽原古戦場横の信玄塚に向かった。設楽原で合戦があったときには,すでに信玄は亡くなっているが,信玄の威光が大きく信玄塚と名付けたそうだ。武田軍1万,織田・徳川連合軍6千の死者が葬られたとされる。この竹広地区では,毎年死者の霊を弔う火おんどりが行われている。その後,設楽原歴史資料館を見学した。盛りだくさんで充実した散策会となった。

 

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