2017/11/17

「姫街道」散策会・家康の痕跡を追って②

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昨日,11月16日,自主サークル「姫街道」の散策会で,家康の痕跡を追って②があった。今回は,宿蘆寺,志津城跡,舘山寺大草山,初山宝林寺,蜂前神社を巡った。家康の足跡と言うより,大河ドラマ「直虎」の足跡を追った旅だ。
宿蘆(しゅくろ)寺の参道は,大河ドラマの中で龍潭寺として撮影されたところだ。宿蘆寺には,舘山寺にある堀江城の城主,大澤氏の墓所がある。大澤氏は,はじめ今川家の家臣であったが,後に徳川家に帰順している。
宿蘆寺には,三方原の合戦で敗れた家康が蘆を宿としたという伝説があるそうだ。

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蜂前(はちさき)神社は,直虎の花押が残された文書を所蔵していた神社。祝田(ほうだ)地区にある。近くには井伊直親の墓所もある。

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2017/11/04

姫街道/浜松宿から三方原追分へ

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東海道の脇往還・姫街道(本坂道)を,浜松宿起点の連尺交差点(浜松城大手門跡)から,三方原追分まで約8kmを約2時間半で歩いた。
まず,浜松駅から北に歩き,東海道の板屋交差点から西に進み,連尺交差点まで歩いた。東海道は,一旦南下する。姫街道は,連尺交差点をそのまま西に進み,ひくま坂を登る。高町交差点を北に進みしばらくすると,史跡「犀ヶ崖」となる。犀ヶ崖には,先週自主サークル「姫街道」の散策会で立ち寄っている。戦国時代,三方原の合戦で敗れた徳川家康は浜松城に逃げ帰り,追う武田軍がここ犀ヶ崖付近に迫ったが,地理不案内の武田軍は徳川方の戦法に惑わされ,多くの戦死者を出したという。
姫街道の通りと,崖の下を写してみたが,なんだかよく分からない。

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浜松宿から三方原追分までの姫街道は,道中奉行管轄の官道である。途中,家康ゆかりの地名が多く残っている。
三方原の合戦で敗走中,家康が茶店で小豆餅を食べたので,小豆餅(あずきもち)。小豆餅の代金を払わず逃げようとした家康から,代金を取ったので銭取(ぜにとり)。
小豆餅 銭取本舗 御菓子司「あおい」で,小豆餅を買って帰った。

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2017/10/26

「姫街道」散策会・家康の痕跡を追って①

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自主サークル「姫街道」の散策会で,家康の痕跡を追って①に参加した。引間城跡,浜松城,浜松秋葉神社,西来院(築山御前墓所),犀ヶ崖資料館に寄った。
赤い社殿が特徴的な浜松秋葉神社は,徳川家康が1570(永禄13)年,浜松城入城の折,秋葉山より勧請したもので,長篠城主として奮戦した奥平信昌の屋敷に建立したものだそうだ。

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西来院には,家康の正室築山御前の廟所・月窟廟がある。築山御前瀬名姫は,大河ドラマ「女城主 直虎」で,直虎と心を通じた友として描かれている。悲運の姫も,静かな墓苑に懇ろに弔われていると感じた。
今回の案内は,姫街道未来塾の佐野一夫先生。長い間浜松市博物館にお勤めだったということだけあって,分かりやすく家康の足跡を解説してくださった。根っからの歴史好きだろう。史跡や石碑,墓所などへの愛情が伝わってきた。


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2017/10/18

奥山方広寺

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浜松市北区引佐町の奥山方広寺に行ってきた。臨済宗方広寺派の大本山。豊橋の人間からは,方広寺というより奥山半僧坊といった方が通りがよい。結構,何度も行ったことがあるのだが,最近はご無沙汰していた。大河ドラマ直虎人気もあり,久しぶりに行ってみた。半僧坊とは,方広寺の鎮守様だそうで本堂の西側にある。

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半僧坊といえば,もっとうっそうとした森を思い浮かべていたが,本堂や半僧坊前は,大分見晴らしがよくなっていた。反対側の三重塔へ向かう坂道から全体がよく見える。亀背橋という赤い橋やもきれいだった。


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2017/09/24

道と越境の歴史文化

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「道と越境の歴史文化~三遠南信クロスボーダーと東西文化」(和田明美編 青簡(たけかんむり+もんがまえ+つき)舎)という本を読んだ。愛知大学では,毎年「越境地域政策研究フォーラム」という研究会をしており,その成果をまとめた書籍で,玉村の源さんから贈っていただいた。
難しい本だが,中世の東三河と西遠には,伊勢神宮の御厨が置かれていて,共通点が多いこと,旅日記からみると新居関所の東西で比較的容易に関所破りが行われていたことなど,結構面白かった。
益々,三遠南信地域のことに,興味を持った。


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2017/06/18

初山宝林寺と直親墓所

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天浜線くまなくウォークのときに気になっていた初山宝林寺に行ってきた。天竜浜名湖鉄道金指駅から東へ約1kmのところにある初山宝林寺は,築約350年の黄檗宗の寺院だ。井伊谷三人衆の近藤康用(やすもち)のひ孫にあたる近藤貞用(さだもち)のとき,明国から来た独湛禅師が開山したそうだ。仏殿と方丈は中国明の様式を伝える貴重なもので,国の重要文化財だ。
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宝林寺参拝後,細江町中川にある井伊直親の墓所に立ち寄った。直親は,女城主直虎の許嫁とされる。掛川で殺された後,都田川河畔でだびに付されたという。墓所の灯籠は,井伊直弼が寄進したものという。


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2017/06/05

天浜線くまなくウォーク/金指駅から天竜二俣駅

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第2回天浜線くまなくウォークのCコース,天竜浜名湖鉄道金指駅から天竜二俣駅まで約18.5kmを,5時間で歩いた。三ヶ日駅の駐車場に車を置き,天浜線で金指駅まで行き,スタート。暑くて,スタート一時間,もう都田駅に着く頃には少しバテ気味。
それでも約3時間で宮口に到着。宮口には庚申寺という立派なお寺がありそこで休憩。少し疲れがとれた。なんでも,宮口宿は秋葉街道の宿場町でもあったようだ。後半は,風が出てよかった。
そして,鹿島橋で天竜川を渡った。きれいだった。写真は,天竜浜名湖鉄道の鉄橋。
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目的地の天竜二俣駅では,転車台の作業風景を見学した。昔は,この転車台で,蒸気機関車の向きを反対に変えていたそうだ。今は,気動車のため向きを反対にする必要はないが,車庫に入れるために向きを変えているそうだ。
珍しいものを見た。


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2017/05/18

大河ドラマ館と満光寺庭園

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自主サークル「姫街道」の会で,直虎に関係する井伊谷と新城を散策した。はじめは,浜松市北区細江町気賀のみをつくし文化センターで行われている「女城主直虎の大河ドラマ館」に行った。衣装やロケ地などの展示があった。入り口と井戸のところを除いてほとんどの展示は写真撮影ができなかった。

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龍潭寺や渭伊神社を見学した後,新城市下吉田の満光寺に行った。この寺は,井伊谷三人衆の一人鈴木重時ゆかりの寺だ。庭は小堀遠州流だそうだ。そして,柿本城跡に登った。


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2017/04/29

富賀寺庭園

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4月27日に,自主サークル「姫街道」の総会と講演会があった。
講演会では,会長の野口義彦さんが,「井伊谷三人衆 鈴木氏」という演題で講演された。井伊谷三人衆とは,井伊家にに仕えた,柿本城主「鈴木重時」,宇利城主「近藤庸用」,都田城主「菅沼忠久」の三人のことを言うそうだ。そのなかの鈴木重時のことを学んだ。

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講演会後,近藤家の墓がある新城市中宇利の富賀寺(ふかじ)へ行った。富賀寺には,素敵な庭園があり驚いた。この庭園は江戸初期に作られた池泉式庭園で,新城市指定名勝となっているそうだ。


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2017/04/24

天浜線くまなくウォーク/三ヶ日駅から金指駅

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第2回天浜線くまなくウォークのDコース,天竜浜名湖鉄道三ヶ日駅から金指駅まで約14.8kmを,4時間で歩いた。三ヶ日駅の駐車場に車を置き,9時前にスタート。国道362号線を東に歩く。交通量が多く,歩道がない区間もあり,すこしこわかったが,都筑,佐久米,寸座を経て,なんとか西気賀駅へ。西気賀駅には,洋食レストラン八雲があり,そこでランチ。結構賑わっていた。
気賀四つ角を北に曲がり,外山本店で細江名物みそまん買い,パクリ。おいしい。都田川を清水橋で渡り,しばらく歩いてゴールの金指駅到着。でも,1時間に1本の列車は出たばかり。

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次の列車までに時間があったので,実相寺へ行く。金指駅から10分と書いてあった,急な上り坂で大変だった。江戸時代前期に作られた築山式枯山水庭園が美しい。

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