2021/01/05

豊橋/高塚町の小野田家長屋門

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友人の案内で,豊橋市高塚町に残る小野田家住宅長屋門を見学してきた。
江戸時代1949(嘉永2)年頃の建築とされ,登録有形文化財となっている。
立派な建造物だが,市や県の公的な保護がないという。市は,市の財産として積極的な保存をするべきであろう。

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長屋門から小野田家住宅主屋を見た。こちらは1886(明治19)年の建築。この建物も,登録有形文化財である。

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2020/12/05

もう一度! 近現代史

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昨日までに,「関口宏・保阪正康の もう一度! 近現代史 明治のニッポン」を読み終えた。BSーTBSの「関口宏のもう一度! 近現代史」という番組を視聴しているが,番組内で発刊されると伝えていたので,さっそく購入した。この番組は,明治からの日本の歴史がよく分かっていないので,もう一度学んでいこうというもので,関口宏氏とノンフィクション作家の保阪正康氏が,対談形式で歴史を語っている。今年度,中学校社会科非常勤講師として歴史を教えることになったが,「日本史むずかしい。」そんななかで,見つけた番組。なかなか分かりやすい。この本では,明治に生きた,西郷隆盛,大久保利通,伊藤博文,明治天皇などの生き様に触れることができた。

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2020/11/22

郡上八幡城

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郡上八幡城へ行った。郡上八幡城は,1559(永禄2)年に,遠藤盛数が,八幡山に砦を築いたのが始まりとされる山城で,続日本100名城に選定されている。遠藤氏以後,稲葉氏,井上氏,金森氏,青山氏が城主となっていて,青山氏のときに明治維新を迎えている。廃藩置県により廃城となり,1870(明治3)年に取り壊されたが,1933(昭和8)年に模擬天守が木造で再建されている。木造再建天守としては,日本最古。

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東名高速,東海環状道,東海北陸道を約2時間走って到着。ふもとの駐車場から歩いて登ろうとしたが,駐車場が満車のため,そのまま登頂道へ誘導されてしまった。細くて,切り返しの多い道。歩行者も多く,運転はドキドキの連続。怖かったが,何とか山頂駐車場に入ることができた。しかし,入場直前に雨で大変。天守に入ると,ギシギシ,バリバリ,うるさい音。木造建築のため,床がきしむのだそうだ。それでも,木造だけに,天守の中の雰囲気は抜群。城はこうでなくっちゃ。各層からの見晴らしも抜群。

天守内を見学後,外に出ると,幸運なことに青い空が見える。残っていた紅葉と天守のツーショットも撮れて満足。

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2020/11/21

羽田八幡宮文庫展

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先日,豊橋市中央図書館へ行き,「豊橋市文化財指定記念 羽田八幡宮文庫展」を見てきた。羽田八幡宮文庫は,1851(嘉永3)年に,羽田八幡宮神主の羽田野敬雄が中心となって設立した文庫で,往時所蔵する書籍は10000巻をを越えたという。書籍の管理のために,目録があり内容によって分類もされていたという。蔵書印が押され,書籍の閲覧や貸出もできたといい,まさに居間の図書館の先駆けともいえる施設であった。豊橋市図書館は,この羽田八幡宮文庫の旧蔵書を中心に,1912(大正2)年に開館している。

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今回の展示会では,羽田八幡宮文庫の旧蔵資料の他,羽田八幡宮の神宝として宝庫に所蔵されていた「書翰」と「宸翰」が展示されている。書翰(書簡)とは,用事などをしたためて送る書状,手紙。また,宸翰とは,天皇・上皇の自筆の書状というから,驚き。重要文化財級の貴重な資料だ。

しおり(上の写真)にある,【織田内大臣信長公御書翰】「大和筒井順慶宛朱印状」は,信長に反旗を翻した松永久秀に対抗するために,大和郡山城主の筒井順慶に警備の指令をしたものだそうだ。冒頭の「惟任日向守」は明智光秀のことだという。まさに,大河ドラマ「麒麟が来る」の世界。また,下の写真の【豊臣太閤秀吉公御下知書】[羽柴筑前宰相他宛覚」は,宇喜多秀家や細川忠興らに,朝鮮出兵のときの備えをするように送ったものだそうだ。

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2020/11/14

畔田城,荒れている

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10年ぶりに,豊橋市城下町の畔田城へ行ってきた。表浜伊勢街道の取材。国道42号,豊橋市城下老人憩いの家(畔田の郷)の交差点を南に入り,左折。そこまでは良かったが,10年ぶりなので,畔田城へ入る道が分からない。昔あったはずの標識がない。それらしいところを進むと,ようやくここだ。世の中お城ブームだというのに,畔田城は忘れ去られているのだろうか。この近くでは,土砂崩れで危険なところもあるようだ。

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本丸には,祠がある。本丸の広場は草刈りがされているが,土橋や虎口などの表示杭は朽ちて,分からない。残念。この下は絶壁。海はすぐそこ。10年前は,海をのぞいたが,今回はやめておいた。

まちかど 拝見! 豊南校区 畔田城

ヤクシソウが咲く畔田城虎口

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2020/09/22

秋葉神社本宮上社と二俣城跡

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友人と三人で,浜松市天竜区にある秋葉山本宮秋葉神社の上社に行った。秋葉神社は,火防の神として古来より民衆からの信仰が篤く,江戸時代には多くの人々が,秋葉山に登ったという。先日の本陣講座で,掛川から秋葉山・鳳来寺山が参拝のコースだったと聞き,ぜひ来てみたいと思っていた。途中の山道は道が細く運転はとても大変だったと思う。運転の友人に感謝。今回,来ることができて良かった。

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帰路に,二俣城跡を見学した。40年ぶりの再訪。40年前に来たときの記憶は,写真の天守台のみ。そのとき見た天守台,当時と変わらないのだろう。何だか感慨深い。武田方と徳川方が戦った二俣城跡は,国指定史跡。

 

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2020/09/06

記念講演会「旅人は伊勢をめざす」

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豊橋市二川本陣資料館では,8月1日から9月27日まで,企画展「旅人は伊勢をめざす~お伊勢まいりの歴史~」を開催している。今日は,その記念講演会「旅人は伊勢をめざす」に行ってきた。定員15名のこの講演会に運良く参加することができた。写真は,歌川広重画の浮世絵「伊勢参宮宮川の渡し」。絵が斜めになっているのは,展示の関係。でも,写真撮影OKでうれしかった。

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講演したのは,二川本陣資料館学芸員の和田実さん。伊勢参宮の目的には,①信仰の旅→娯楽の旅,②通過儀礼としての参宮,③年中行事としての参宮があるそうだ。伊勢神宮に参ったあと西国の社寺を巡ったり,江戸見物のあと秋葉山と鳳来寺を経由して伊勢へ行ったりと,さまざまなルートがあったようだ。また,約60年に一度,おかげ参りがあったという。写真は,おかげ参りののぼり。

東から伊勢に参る場合,東海道を宮まで行き,七里の渡しまたは佐屋街道三里の渡しで桑名まで行って伊勢街道を進むのがふつうである。このルートだと通常4日かかるが,吉田から船で直接伊勢に渡るとわずか半日で行けるので,吉田は賑わったようだ。おもしろかった。

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2020/08/29

東側遺跡現地説明会

 

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牛川町東側遺跡現地説明会に行ってきた。東側遺跡は,豊川にそそぐ眼鏡川と神田川にはさまれた台地上にあり,今回の発掘で見つかったのは7~8世紀の古代集落の竪穴建物跡と考えられているそうだ。この時期は,奈良時代律令制の時代だ。8世紀になると,この東側の古代集落は,西の西側遺跡へ移動したと考えらるそうだ。

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今回説明会が行われたのは,東側遺跡の北西端の部分だそうだ。遠くに,石巻山が見える。この地区の南には,眼鏡下池北遺跡(弥生時代)があり,西には西側遺跡がある。いずれも,今は宅地になっているが,幸いその二つの現地説明会にも参加していた。

西側遺跡 眼鏡下池北遺跡(ブログ) 眼鏡下池北遺跡(豊橋くらしの中の史跡) 

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2020/08/04

大高の丸根砦

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鷲津砦公園東側の遊具広場の案内板によると,丸根砦跡までさほど距離はない。それならと,歩いて行くことにした。丸根砦跡も,大高城跡・鷲津砦跡とともに国の史跡となっている。丸根砦への道は,高台で名古屋市南部の眺望が抜群。約800m。汗をかきながら歩くと,丸根砦跡の表示があった。ちょっと分かりにくい。「史蹟 丸根砦阯」の石碑があった。

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下ると,大高城跡眺望の説明板があった。写真中央やや右寄りの森が,大高城跡だという。丸根砦から,大高城跡まで約700m。この後,山神社を見て県道を歩き,無事鷲津砦公園前の駐車場に着いた。

氷上姉子神社と大高城 鷲津砦跡

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2020/08/03

大高の鷲津砦

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昨日,松巨島を見学した後,大高の鷲津砦と丸根砦を見学した。昨年,氷上姉子神社を見学した折,大高城址にも行っている。そのとき,鷲津砦と丸根砦も大高城址と併せて国史跡に指定されていることを知った。鷲津砦は,鷲津砦公園として整備されている。JR東海道本線大高駅のすぐ東側にある。専用の駐車場はないので,コインパーキングに車を止めた。

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公園の入口から登ると,程なく「史蹟 鷲津砦阯」の石碑が建つ。うっそうとした森で,写真を上手く写すことができなかった。この鷲津砦は丸根砦と共に,1559(永禄2)年,織田信長によって築かれた。今川方の大高城と鳴海城の間に築かれ,翌1560(永禄3)年,桶狭間の合戦の前哨戦で落城している。この前哨戦は,今年の大河ドラマ「麒麟が行く」でもていねいに描かれていた。

氷上姉子神社と大高城 丸根砦跡

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