2023/01/21

豊川海軍工廠平和公園

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豊川市教育委員会生涯学習課主催の豊川海軍工廠跡地見学会に行ってきた。→見学会の様子
豊川海軍工廠は,1945(昭和20)年8月7日に,アメリカ軍の爆撃により壊滅した。2500人もの尊い命が失われたという。その一角に豊川海軍工廠平和公園が整備され,その中核施設として豊川市平和交流館が設置されている。今回は,普段見学することができない,名古屋大学豊川フィールド内の戦争遺構を見学できる機会であった。

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写真は,平和公園内の第一弾薬庫(豊川市指定史跡)。見学会後におこなわれた園内ガイドツアーでは,この弾薬庫の部屋の内部や旧第三信管置場(市指定史跡)も見せていただいた。勉強になった。この園内ガイドは,平和交流館で申し込むことができる(一日4回)。豊川海軍工廠語り継ぎボランティアの方が,分かりやすく案内していただいた。

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2022/12/25

愛知の鎌倉街道を歩く/六日目・古鳴海から二村山へ

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愛知の鎌倉街道六日目を歩いた。前回終了の地下鉄桜通線野並駅を降り,野並八剱社(写真上)を見てスタート。古鳴海八幡社,鳴海大塚古墳,新海池公園を経て,相原郷へ。鎌倉台中学校の前を通り,中京競馬場が見える高台を通って,藤田医科大学病院へ。二村山に登り,沓掛城跡を見学後,境川を渡って刈谷市西境町でゴール。バスで名鉄富士松駅へ周り,帰路についた。約15kmを休憩を含め6時間で歩いた。

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今回は,新しいスマホにして大いに助かった。twitterへのUPも順調。藤田医科大学病院から二村山展望台へ上がる道で迷ったが,Google mapに案内してもらいなんとか到着。沓掛城跡から刈谷市との境にある飛鳥井雅世の歌碑までの間も活用。やっぱり,電池長持ちはよい。

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2022/12/16

生類をめぐる政治

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「生類をめぐる政治 元禄のフォークロア」塚本学2017 講談社学術文庫(電子書籍版)を一か月かけて読んだ。塚本学さんは,元国立歴史民俗博物館教授で,この本の原本は1983年に刊行されているという。農具としての鉄砲,御鷹と百姓,御犬様始末,捨子・捨牛馬,生類概念と鳥獣害-- 人獣交渉史断章,あとがき からなる学術論文だ。莫大な量の参考文献をあげ,論を展開している。江戸時代の書物の文章は,とても難しい。
初めは将軍徳川綱吉を理解するために軽い気持ちで読み始めたが,とても奥が深い。綱吉政権が鉄砲改めを行ったが,鳥獣害から農作物を守るための鉄砲の所持を認めたこと。鷹狩りのために犬を飼い,犬を餌にしていたこと(驚き)。江戸では捨て子や病気の牛馬を捨てることが多く,それを禁止したこと。勉強になった。
「生類憐れみの政策は,ひとをふくむ一切の生類が権力によって保護されるべきものだという考え方と,もう一面ではひとびとに生類の憐れみを命ずるという考えの二面をもっていた。政権にとっては,生類憐れみの志をひとびとがもつことで世は安定し,人民は安らかな生活ができるというわけで・・・」(本文のまま)

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2022/12/14

荒子観音寺/荒子城跡

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先日,名古屋市中川区荒子町の荒子観音寺を訪問した。正しくは,浄海山圓龍院観音寺という天台宗の寺院で,尾張四観音とされている。荒子観音には,多数の円空仏が残されており,山門には大きな仁王像がどっしり構えている。多宝塔は1536(天文5)年に再建され,国の重要文化財となっている。

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荒子観音寺の南西約200mの所に荒子城跡がある。天文年間に前田利昌によって築城された平城で,豊臣秀吉の五大老の一人前田利家生誕の地といわれる。

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2022/12/10

井戸田町界隈

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大喜寺付近の細い道を南下すると,瑞穂区井戸田町となる。写真の長福寺の北と東を鎌倉街道が通っていたという。鎌倉街道の表示もあるようだが,長福寺から南に下る道の先が気になって,見逃してしまった。

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龍泉寺(りょうせんじ)は,1467(応仁元)年に創建された曹洞宗の寺院で,門前の亀井水は,源頼朝が産湯に使用した井戸水とされている

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2022/12/07

尾陽神社/御器所八幡宮

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地下鉄東別院駅2番出口を出て,3つめの辻を南に入る。すぐに左に曲がり道なりに進むのが鎌倉街道。新堀川を向田橋で越え,JR中央本線のガードをくぐって進む。名古屋高速大高線をくぐりしばらく行くと尾陽神社がある。尾陽神社は,尾張藩初代藩主徳川義直(尾陽公)と最後の藩主14代徳川慶勝を祀る。この地は,御器所西城跡で,織田信長に仕えた佐久間盛次の居城とされている。

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尾陽神社から南東に進むと,御器所八幡宮がある。もともとこの地域は熱田神宮の所領で,熱田神宮の神事に使う土器を作っていたことから御器所(ごきそ)という地名が付いたそうだ。御器所八幡宮は,御器所一帯の総鎮守で,熱田神宮の鬼門にあたる。
御器所付近には村雲町・御劔町など,熱田神宮の神体・草薙剣(天叢雲剣・あめのむらくものつるぎ)に由来する地名がある。鎌倉街道は,南下し井戸田に進む。

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2022/12/05

松重閘門

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鎌倉街道・山王通の北に中川運河の松重閘門がある。名鉄やJR東海道線・新幹線を利用すると,名古屋駅に着く前に右側車窓からしゃれた建造物が見える。鎌倉街道を歩く今回せっかくだからと寄ってみた。
松重閘門は,中川運河と堀川の水位調節用に作られた。1930(昭和5)年建設,1932(昭和5)年供用開始。これにより,中川運河と堀川の間を船で行き来できるようになった。中川運河の航行船減少により,1976(昭和51)年にその役割を終えたが,1986(昭和61)年に名古屋市文化財に,1993(平成5)年に都市景観重要建築物に指定されている。(参考:中川区HP

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写真は,堀川側。中川運河側は,光線の関係で上手く撮れなかった。桜の名所だという。

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2022/12/04

中川運河/小栗橋

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鎌倉街道には,数々の小栗判官と照手姫の伝説が残る。そのため,鎌倉街道の別名を小栗街道という。名古屋市の中川運河にかかる小栗橋は,この北側を小栗街道が通っていたことにちなんでつけられた名だそうだ。中川運河は,旧国鉄笹島貨物駅と名古屋港を結ぶために,1932(昭和7)年に完成したというので,鎌倉時代はもちろん江戸時代にはなかった。

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小栗橋西詰に,運河地蔵堂がある。中川運河「橋の魅力発信マップ」によると,この辺りは水死者が多く,その霊を慰めるために地元の人の浄財により昭和10年に建立されたとある。

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2022/12/03

愛知の鎌倉街道を歩く/五日目・東別院から野並

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愛知の鎌倉街道五日目を歩いた。前回道を間違えたのでリベンジで,近鉄黄金駅をスタート。近鉄・JR関西本線を向野橋で越え,中川運河を小栗橋で渡った。露橋から山王を経て地下鉄名城線東別院駅へ。ここからが愛知の鎌倉街道五日目本番。御器所・滝子通二丁目・井戸田を経て新瑞橋につく。山崎川を渡り釜塚コミュニティ道路を進む。軍水町・平子町を通り,平子橋で天白川を渡って地下鉄桜通線野並駅でゴールした。約15kmを休憩を含め6時間で歩いた。東別院駅から野並駅の区間は約10km。
小栗橋を越え露橋町に入ると,昔ながらの住居が並ぶ。中川運河の松重閘門や古渡稲荷神社など,リベンジ区間に見所がたっぷり。

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新瑞橋駅から釜塚コミュニティ道路を進む。道路が区の境界になっていて,北側が瑞穂区軍水町,南側が南区平子町。私は,生まれたときにこの軍水町で暮らしたそうだ。幼児期に転居したので全く覚えていないが,懐かしい。写真は,平子第二公園から軍水町方面を見たところ。軍水町を散歩すると西八幡社の北側には中根銅鐸発見地という説明板があった。行って良かった。

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2022/11/23

とよかわ紋・藩ワールド

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豊川市桜ヶ丘ミュージアムで行われている,特別展「とよかわ 紋・藩ワールド」へ行ってきた。豊川市域を領した大名家は,12藩20家という。その豊川市ゆかりの大名の中から7家を選び,それらの家の紋所に焦点をあてた新たな試みだそうだ。家紋をあしらった文箱・陣笠・三方・汁椀・盆などが展示されている。それぞれの家紋がのった武鑑(江戸時代の紳士録のようなもの)は,西尾市岩瀬文庫所蔵だそうだ。
旧吉田藩の大河内松平家は,丸に三つ蝶に十六葉菊紋。豊橋市に接する豊川市南部にあたる。
大岡越前守で有名な,三河西大平藩は,宝飯郡足山田村などに領地を持っていた。上がり藤に大の字をあしらった双六盤が展示してあった。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で双六をやっている場面がでたきただけに,興味深かった。
遠江相良藩の田沼意次も,豊川市域に領地を持っていた。七曜紋をあしらった宝物は,牧之原市史料館の所蔵。この史料館にはぜひ行ってみたい。
吉田城を築城した牧野古白を祖にもつ越後長岡藩は,丸に三柏紋。

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