2020/09/17

続「ヤマトタケルの東征伝説地」

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「姫街道」の会で,「続 古代東海道に残るヤマトタケルの東征伝説地~ヤマトタケルの足跡 愛知・岐阜を中心にして」というテーマで話をしてきた。前回の続編だが,新型コロナウイルス感染症流行の影響で,取材地が限られ,愛知県や岐阜県中心の話になった。

この話をするにあたって,今回取材したところは,

岐阜県 【中山道】新加納(各務原市)~岐阜~美濃赤坂(大垣市)~関ヶ原 【美濃路】足近(羽島市)

愛知県 【名古屋】成海神社,しだみ古墳群 【尾張】内々神社(春日井市),船津神社(東海市),熱田神社(大府市) 【三河】知立,岡崎,新城/作手,豊橋・豊川・蒲郡

東京都 根津神社

茨城県 鹿島神宮,三昧塚古墳(行方市)

今年の冬から取材をし,ブログにも紹介してきた。身近なところにヤマトタケルがいて,面白かった。→第1回目

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2020/06/06

しだみ 白鳥塚古墳

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国史跡「志段見古墳群」の白鳥塚古墳。「体感!しだみ古墳群ミュージアム」によると,墳丘長は約115m。4世紀前半築造。県内で最初につくられた大型前方後円墳であるという。後円部頂部に石英が敷かれ,斜面にも多量の石英がまかれていたため,石英で白く輝いていたため,白鳥塚となったそうだ。

この古墳にはヤマトタケルにまつわる伝説がある。伊吹山で蛇に足をかまれ川で足を洗っていたところ,白鳥が現れ,ヤマトタケルを尾張の東谷山麓まで連れて行ってくれたという。白鳥はここで力尽きて,葬られたのがこの白鳥塚という。古墳に白鳥を葬るとは考えられないが,ヤマトタケルに従軍した有力豪族が葬られたと考えると,あり得ない話ではない。

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前方部は低く,細長い感じ。

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2020/06/04

しだみ古墳群ミュージアム

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名古屋市守山区上志段味のしだみ古墳群ミュージアムに行ってきた。東谷山山頂と山麓周辺に数多くの古墳があり,1972(昭和47)年に白鳥塚古墳が国史跡に指定され,2014(平成26)年に6基の古墳も国史跡に追加指定され,「志段見古墳群」となった。歴史の里として整備され,この施設は,「体感!しだみ古墳群ミュージアム」として,2019(平成31)年にオープンしたそうだ。

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ミュージアムの周辺には,大塚古墳群や大久手古墳群がある。写真の志段見大塚古墳は,5世紀後半の帆立貝式古墳で,築造当時の姿に復元されていて,見応えがある。この地域の最有力者に次ぐ地位の人が埋葬されたと推定されている。国史跡。

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2020/04/14

萱津神社/連理の榊

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先月,あま市上萱津の萱津神社に行ってきた。萱津神社は,和歌に詠われる阿波手の杜に鎮座し,「香の物」発祥の地だという。この地でとれたウリやナス・大根と塩を甕に入れてお供えしたところ,ほどよい塩漬けになったという。村人がこの漬物を東征中の日本武尊に献上したところ,尊が「藪二神物(やぶにこうのもの)」と仰ったと伝わる。萱津神社では毎年香の物祭りが行われ,全国の漬物業者が参列している。

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また,伊吹山で傷を負った日本武尊がこの地に居るミヤズヒメの元に来たが,会えなかったため,後世に生まれ来るものは,必ず逢えるようにと2本の榊を植えたという。2本の榊は,地上2mのところで手をつないでいる。

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2020/02/04

垂井町の伊富岐神社

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中山道・関ヶ原町野上の伊富岐神社一の鳥居から北へ曲がりしばらく行くと,縣社伊富岐神社がある。祭神は多多美彦命で古代この地域で勢力を持った伊福氏の祖神を祀ったとされ,美濃国の二の宮である。ヤマトタケルが伊吹山の神と戦い敗れたとされるのは,この伊福氏だという説もある。伊福氏は,金生山でとれる鉄鉱石を踏鞴(たたら)で製鉄していたのではないかとされる。また,日本書紀ではヤマトタケルが伊吹山で大蛇に出会ったとされる記述とも関連して,興味深い。伊富岐神社は垂井町伊吹にある。

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境内には,地上5mあたりから四本の三木に分かれている大杉があり,県の天然記念物に指定されている。樹高約30m。デジカメのレンズが汚れていて,良い写真を撮れなかったのが残念。

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2020/01/25

北国街道と脇往還

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「北国街道と脇往還ー街道が生んだ風景と文化」(市立長浜城歴史博物館:サンライズ出版)という本を読んだ。ヤマトタケルを調べていると,伊吹山での出来事に興味がわいた。先日紹介した「伝承地でたどる ヤマトタケルの足跡 ・尾張・美濃・近江・伊勢」という本によると,どうも北国脇往還の春照(すいじょう)宿に,ヤマトタケルと白猪の像があるらしい。俄然行ってみたくなった。というわけで,読み始めたのがこの本。

この本で言う北国街道とは,近江と越前を結ぶ道。北近江には,米原から長浜・木之本を経て国境を越える「北国街道」,関ヶ原から春照・小谷を経て木之本を結ぶ「北国脇往還」,米原から国友を経て小谷に至る「小谷道」の三本の街道があったという。

この本には,北国脇往還の経路mapも掲載されている。春照宿や藤川宿に近い上平寺館跡は,以前横田さんと歩いたところ。何だか楽しくなってきた。

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2020/01/23

古代東海道に残るヤマトタケルの東征伝説地

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石巻地区市民館の自主サークル「姫街道」で,「古代東海道に残るヤマトタケルの東征伝説地」というテーマで話をしてきた。趣味で街道歩きをしていると,東海道には,古代・中世・近世と少しずつ違った経路があることが分かってきた。旧東海道を歩いていると,ヤマトタケルに関する伝説が多く残されている。そこで,今回のテーマを設定した。

この話をするにあたって,今回取材したところは,

三重県 加佐登神社 能褒野王塚古墳

岐阜県 阿遅加神社

愛知県 氷上姉子神社 矢作神社

静岡県 焼津神社 花沢の里 日本平

神奈川県 葉山・古代東海道 走水神社

昨年の夏から取材をし,ブログにも紹介してきた。勉強になった。  

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2020/01/05

境川を下り芋島の八劔神社へ

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今回の中山道歩き,寄り道1。岐阜市内の高田橋から境川沿いを南に歩く。この境川は,美濃路歩きで,羽島市の足近から小熊にかけて堤防上を歩いた川だ。美濃路ではずいぶん大きな川だと感じたが,ここではまだ小川という感じ。土手には桜が植えられていて,花見の季節はきれいだろう。

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境川から別れ南に行くと,芋島四丁目に八劔神社がある。祭神は日本武尊。

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2020/01/03

伝承地でたどるヤマトタケルの足跡

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昨年末,「伝承地でたどる ヤマトタケルの足跡 ・尾張・美濃・近江・伊勢」(竹田繁良著 人間社:2012年刊)という本を読んだ。この本では,ヤマトタケルが尾張のミヤズヒメのもとを発って,伊吹山で敗れ,能褒野の地でなくなるまでの道を訪れ,ヤマトタケルの実像に迫っている。著者の竹田さんは稲沢市出身で,高校の古文の授業でヤマトタケルに興味をもち,この研究をしているというからすごい。

この本は,11月に加佐登神社の宮司さんから教えていただいた。姫街道の会で話をするということで,昨年の夏から調べ始めたのだが,この本の存在を知っていれば,もっと効率的に伝承地をまわることができたかもしれない。今年以降,竹田さんの本を参考に,さらにヤマトタケルの足跡を探っていきたい。

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2019/11/19

能褒野王塚古墳と井田川駅の日本武尊像

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伊勢国府跡から少し歩くと,亀山市に入る。能褒野町の表示が見え,一安心。名越の信号交差点南に,のぼのの森公園がある。のぼのの森公園の中に,能褒野神社と能褒野王塚古墳がある。1879(明治12)年,宮内省が能褒野王塚古墳をヤマトタケル陵としたそうだ。墳長90m,高さ9mの前方後円墳で,4世紀末に作られたとみられている。宮内庁が管理しているので,お墓の前までしか入れない。

能褒野神社は,その後で作られたそうだ。

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見学して,のぼのの森駐車場に行くと,ちょうど空車のタクシーが行くところ。乗れなかった。歩いて行くと,三重交通のバスが前を行く。乗りたかったなあ。ようやく井田川駅が見えたところで,13時31分発の名古屋行きが行ってしまった。次は,14時29分発。そういえば,3年前の東海道歩きのときも,ここで一時間も待ったっけ。とほほ。

でも,駅前の日本武尊像の写真は,しっかり撮れた。これで,ヤマトタケルの取材はひとまず終わり。とても良い勉強になった。

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