2020/02/04

垂井町の伊富岐神社

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中山道・関ヶ原町野上の伊富岐神社一の鳥居から北へ曲がりしばらく行くと,縣社伊富岐神社がある。祭神は多多美彦命で古代この地域で勢力を持った伊福氏の祖神を祀ったとされ,美濃国の二の宮である。ヤマトタケルが伊吹山の神と戦い敗れたとされるのは,この伊福氏だという説もある。伊福氏は,金生山でとれる鉄鉱石を踏鞴(たたら)で製鉄していたのではないかとされる。また,日本書紀ではヤマトタケルが伊吹山で大蛇に出会ったとされる記述とも関連して,興味深い。伊富岐神社は垂井町伊吹にある。

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境内には,地上5mあたりから四本の三木に分かれている大杉があり,県の天然記念物に指定されている。樹高約30m。デジカメのレンズが汚れていて,良い写真を撮れなかったのが残念。

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2020/02/03

昼飯大塚古墳

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昼飯大塚古墳は,4世紀末の前方後円墳で,墳丘長約150m・後円部高さ13mの岐阜県最大の古墳だ。1回目の中山道歩きのときにはスルーしていたので,今回初めて見学したが,実にすごい。雪をかぶった伊吹山も見ることができ,最高。

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発掘調査で,後円部は三段の構造で,回りに埴輪が並べられていたことが分かっている。古墳の一部が復元ゾーンとして整備され,築造されたときの様子が分かる。2000(平成12)年9月6日に,国の史跡に指定されている。中山道沿いには,赤坂宿の古民家を活用した岐阜大学の旧早野邸セミナーハウスがあり,古墳の出土物をはじめ,中山道の赤坂宿や昼飯(ひるい)村に関するパネルが展示されているとのことだが,日・月・祝日は休館で見学はできなかった。

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2020/02/02

中山道/赤坂宿から垂井宿・関ヶ原宿

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2020年2月2日,中山道を赤坂宿から垂井宿・関ヶ原宿まで歩いた。中山道区間は約11km。寄り道を含めると約16km。約5時間のウォーキング。スタートは,美濃赤坂駅。大垣駅から美濃赤坂までの路線は,初めて乗車した。そして,安楽寺へ。安楽寺は,関ヶ原の合戦のとき徳川家康がはじめに陣を置いたお勝山にある。

赤坂宿の西の昼飯大塚古墳と美濃国分寺跡を見学した。美濃国分寺には16年前も寄っているが,写真が一枚しか残っていなかったので,もう一度寄り道。歴史民俗資料館にも関心があった。そして,垂井宿へ。垂井宿は昨年12月に美濃路歩きで歩いたばかり。垂井宿西見附には,サザンカがきれいに咲いていた。

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そして,伊富岐神社にも寄り,関ヶ原の松並木を越して,関ヶ原駅まで歩いた。これで北国脇往還への準備完了。

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2020/01/25

北国街道と脇往還

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「北国街道と脇往還ー街道が生んだ風景と文化」(市立長浜城歴史博物館:サンライズ出版)という本を読んだ。ヤマトタケルを調べていると,伊吹山での出来事に興味がわいた。先日紹介した「伝承地でたどる ヤマトタケルの足跡 ・尾張・美濃・近江・伊勢」という本によると,どうも北国脇往還の春照(すいじょう)宿に,ヤマトタケルと白猪の像があるらしい。俄然行ってみたくなった。というわけで,読み始めたのがこの本。

この本で言う北国街道とは,近江と越前を結ぶ道。北近江には,米原から長浜・木之本を経て国境を越える「北国街道」,関ヶ原から春照・小谷を経て木之本を結ぶ「北国脇往還」,米原から国友を経て小谷に至る「小谷道」の三本の街道があったという。

この本には,北国脇往還の経路mapも掲載されている。春照宿や藤川宿に近い上平寺館跡は,以前横田さんと歩いたところ。何だか楽しくなってきた。

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2020/01/23

古代東海道に残るヤマトタケルの東征伝説地

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石巻地区市民館の自主サークル「姫街道」で,「古代東海道に残るヤマトタケルの東征伝説地」というテーマで話をしてきた。趣味で街道歩きをしていると,東海道には,古代・中世・近世と少しずつ違った経路があることが分かってきた。旧東海道を歩いていると,ヤマトタケルに関する伝説が多く残されている。そこで,今回のテーマを設定した。

この話をするにあたって,今回取材したところは,

三重県 加佐登神社 能褒野王塚古墳

岐阜県 阿遅加神社

愛知県 氷上姉子神社 矢作神社

静岡県 焼津神社 花沢の里 日本平

神奈川県 葉山・古代東海道 走水神社

昨年の夏から取材をし,ブログにも紹介してきた。勉強になった。  

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2020/01/22

美濃・赤坂宿/赤坂港会館

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中山道の赤坂宿といえば,火の見櫓と赤坂港跡。赤坂港は,かつての杭瀬川で,明治後期から大正にかけて栄えた舟運の基地だった。材木や・米・石灰などを運んだという。赤坂宿の北には金生山があり,今でも石灰が採掘されている。

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赤坂港会館は,1875(明治8)年に赤坂宿の谷汲道の追分につくられた岐阜県警察の屯所の建物で,現在地に復元され,赤坂港跡や赤坂宿の資料を展示している。

 

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2020/01/21

呂久渡しと小簾紅園

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美江寺宿を南西に進み鷺田橋で揖斐川を渡ると,瑞穂市呂久に小簾紅園(おずこうえん)がある。小簾紅園は,1861(文久元)年,皇女和宮が中山道で江戸へ向かう際,この呂久の渡しで,「落ちていく 身と知りながら もみじばの 人なつかしく こがれこそすれ」と詠んだことにちなんで,つくられた。

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当時の揖斐川(呂久川)は今よりも西を流れていたそうで,現在の流れは1925(大正14)年に河川改修されて東へ移動したものだそうだ。公園は,瑞穂市の指定遺跡。

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2020/01/20

美江寺宿

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美江寺宿は,岐阜県瑞穂市の中山道55番目の宿場。古く美江寺という寺があったが,寺は斎藤道三によって岐阜に移されたとか。西へ向かってきた中山道は,美江神社の前で南へ向きを変える。神社の境内には,美江寺宿の石碑や復元された高札がある。美江寺の自治会館があり,トイレも使いやすくて助かる。

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美江寺は,16年前に電車とバスの両方に乗り遅れた場所。今回は赤坂まで行く予定だったので,その点は良かったのだが,河渡から赤坂まで,中山道沿いには適当な食事どころが皆無。厳しかった。

写真は,犀川沿いの千住観音堂。広重の浮世絵の地点だとか・・・。

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2020/01/19

中山道/河渡宿から美江寺宿を経て赤坂宿まで

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2020年1月19日,中山道を加納宿・東鏡島から河渡宿・美江寺宿を経て赤坂宿まで歩いた。中山道区間は約18km・約5時間になる。西向きに歩いたが,ほぼ全区間で伊吹山が見えた。写真は,長良川河渡橋と伊吹山。

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今回歩いたところは,16年前に続き二度目。だが,美江寺宿から関ヶ原宿の間の写真をなくしたのでそのリベンジ。赤坂宿では,大垣市の指定文化財・史跡御茶屋屋敷を見学した。御茶屋屋敷は,将軍上洛の際の専用宿舎だそうだ。屋敷内は,牡丹の花の名所だそうだが,まだ寒くて全く咲いていなかった。

JR美濃赤坂駅から帰ろうとしたが,1時間半待ちなのでショック。頑張って,養老鉄道の北大垣駅まで1時間歩いて,大垣駅へ向かった。今日の歩きは全部で約23km。

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2020/01/07

加納城跡

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加納宿・中山道歩きの寄り道その3。中山道・加納城大手門跡の石碑から南へ500m程行くと,加納城跡がある。加納城の石垣は,チャートの野面積みである。加納城跡は国の史跡に指定されている。

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加納城は,織田秀信が居城としていた岐阜城が破却された後,徳川家康の天下普請で1602(慶長7)年に築城されている。天守閣は築かれず,二ノ丸には岐阜城から移築した御三階櫓があったという。ちょうど今,電子書籍で「清洲会議」を読んでいる。織田秀信とは,秀吉が担ぎ上げた三法師。何だか関連があっておもしろい。

(1月7日0時UPのつもりでしたが,下書きを6日にUPしてしまいました。お許しを。)

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