2024/02/25

「完全踏査 古代の道 新装版」を読んだ。

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「完全踏査 古代の道 新装版」畿内・東海道・東山道・北陸道(木下良:監修,武部健一:著 2023年 吉川弘文堂刊)を読んだ。この本の第一冊は,2004年刊。
著者の武部氏は,道路技術者として高速道路の建設に携わっているときに,事前の発掘調査で古代の道路遺跡が発掘されることから,古代の道路と高速道路の類似性に気がついたという。高速道路は,地点間をなるべく直線で結び,適切なところにインターチェンジをつくる。古代の官道は,できる限り直線でつくられ,おおよそ30里(古代の単位で約16km)ごとに駅家(うまや)を設けているからだ。武部氏は,「延喜式」の記述を基に,木下氏の助言を得ながら,畿内および東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道の駅路を,完全踏査し研究成果をまとめたという。

この本では,畿内から東海道・東山道・北陸道の成果がまとめられていて,近年愛知の鎌倉街道を歩き,その道筋と歴史・風物をまとめていたので,とても興味深かった。とくに,新所原から橋本宿へのコースでは,猪鼻駅を静岡県新居町中之郷と比定していて,私が歩いたコースがまさに古代の東海道だとわかり,うれしかった。また,とらぞうさんに案内していただいて歩いた,ヤマトタケルゆかりの神奈川県葉山の道や走水の地も東海道の別道として名記されていて,よかった。

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2023/10/07

愛知の鎌倉街道を歩く/十三日目・二川から豊田佐吉記念館を経て橋本宿まで

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愛知の鎌倉街道十三日目を歩いた。JR二川駅から新所原駅を通り,熱田神社・豊田佐吉記念館を経て橋本宿まで。これで,愛知県内の鎌倉街道(京・鎌倉往還)歩きを完了。二川からの鎌倉街道は,北裏といわれる地域を通ったとされるが,県道3号を東進し立岩の南側を通り,新所原駅まで歩いた。南北自由通路で駅南に出て進むと,境川に出る。新所原から橋本宿方面に行く経路は不明な点が多い。河合幸男氏の「鎌倉街道」によると,GSユアサという工場付近で,境川沿いを進んで白須賀宿方面に行くAコースと,東進して鷲津方面に進むBコースが推定される。今回はBコースを進んだ。途中,熱田神社・豊田佐吉記念館を見学することができた。熱田神社は,日本武尊の陣所だったという。2019年8月に訪れている。

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湖西市山口から湖西市新居町中之郷を経て,歩行坂を下り,浜名旧街道(旧東海道)に合流し,京・鎌倉往還の橋本宿に着いた。橋本宿は,東海道新居宿の加宿になっていた。新居関所跡を経て,JR新居町駅でゴール。約17kmを,休憩を含めて6時間で歩いた。写真は,立岩と歩行坂・浜名旧街道合流地点。

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2023/09/18

愛知の鎌倉街道を歩く/十二日目・和田辻から鞍掛神社を経て二川まで

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愛知の鎌倉街道十二日目を歩いた。和田辻から牛川町乗小路・多米町・飯村町を経て二川駅まで,ほぼ山沿いのコース。石巻山を見ながら進むと,柿畑には彼岸花が咲き始めていた。乗小路峠の入口は通行止めになっていた。牛川洞窟遺跡を見て,多米の赤岩山赤岩寺,鞍掛神社に。飯村から東山の松明峠のふもとをまわって,伊寳石(いぼいし)神社まででゴール。約15kmを,休憩を含めて5時間で歩いた。
本当は,新所原まで行き愛知の鎌倉街道歩き最終日としたかったが,暑さのために途中でダウン。

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久しぶりに牛川洞窟遺跡に行った。乗小路の山には石灰石の鉱山があり,1957(昭和32)年に採掘中に,ここで発見された人骨は牛川原人と命名されたが,現在では動物の骨であったという説が有力。

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2023/04/12

当古の渡しと中山家

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愛知の鎌倉街道。三明公園の河岸段丘を下ると豊川(とよがわ)の沖積地を歩くことになる。ここからは,姫街道(本坂道)を歩いた。豊川にかかる当古橋を越えると,豊橋市となる。中央奥の山は,石巻山。

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当古橋北詰・西側の堤防下には当古橋公園があり,「中山家と当古の渡し」碑がある。当古の渡しは,中山家が渡船の御用を任ぜられていた。中山家の先祖は,徳川秀忠の生母於愛の方がでた西郷氏の一族で,石巻中山町の五本松城の代官であったという。

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2023/03/08

愛知の鎌倉街道を歩く/九日目・美合から山中・本宿へ

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きのう,愛知の鎌倉街道九日目を歩いた。岡崎市の名鉄男川駅をスタート。乙川河畔を歩き,生田城跡から美合町内を進み,岡町の山綱川河畔を行く。この地域では生田(しょうだ)蛍を放流している。東海道藤川宿を南北に横切り,山中八幡宮に抜け舞木町から天神山を越え,東海中学校の校地を抜け,本宿に至る。本宿の裏山の新興住宅地を抜け鉢地(はっち)町まで,約15kmを休憩を含め6時間で歩いた。

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藤川宿の称名寺から藤川台に向かう古道?。鎌倉街道は,藤川台入り口から東へ向かうが,森林とジェイテクトの敷地に阻まれる。藤川宿に戻り,藤川宿東棒鼻の先,市場町交差点を南に進むが,山中八幡宮へ抜ける道は発見できなかった。一度山道に入ってみたが,ぐるっと回って同じ所へ。大失敗。このロスタイムが響き,当初予定した名電長沢駅まで歩くのをあきらめた。

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2023/02/07

渡八幡宮/渡古戦場跡

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JR西岡崎駅北側の岡崎市大和町沓市場付近は,鎌倉街道の矢作西宿とされる。
大和町を東へ行くと渡町となる。この地は,鎌倉街道の矢作川渡船の場。渡八幡宮が鎮座する。
平安時代の835(承和2)年の太政官符には,三河国,矢作・飽海の両河川にそれぞれ2艘の船が追加され4艘の渡船となったことが記されている。

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渡八幡宮から東海道本線のガードをくぐって南に進むと諏訪神社があり,その境内に渡古戦場跡がある。松平広忠と松平信孝が戦った所という。ただ,渡古戦場跡の石碑を見逃してしまった。

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2023/02/06

前庭天神社/JR東海・HC85

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山碕神明社前の道を東に行く。鎌倉街道は,JR東海道本線沿いに続く。安城市から岡崎市新堀町となる。
前庭(まえば)天神社と院庭(いんば)天神社が併せて奉祀されている。この地は,かつて伊勢神宮の三河国河内御薗だったといい,大化の改新以前の三河国の国衙があったという。とすると,ここを古代の東海道が通っていたとしても良いような気がする。写真は,西向き。

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前庭天神社を東に進むとJR西岡崎駅がある。さらに進んで渡八幡宮までの間に,東海道本線の電車がスピードを出して何本も通る。
そんななか,少しスピードを落として走る列車があった。よく見ると,JR東海のハイブリット式特急型気動車HC85のようだ。本来,高山本線の特急ひだとして運行しているはずの車両が,こんな所で見られるのは実にラッキー。今年は良いことがありそうだ。

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2022/11/27

東海道五十七次講演会

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豊橋市民センター(カリオンビル)で,豊橋市二川宿本陣資料館主催の東海道五十七次講演会が行われた。
講演は次の通り。
①東海道町民生活歴史館館長(元JR東海専務)の志田威氏が「教科書も伝え始めた大坂への東海道五十七次」
②草津市草津宿街道交流館館長の八杉淳氏が「道の国・近江と東海道草津宿」
③豊橋市二川宿本陣資料館館長の和田実氏が「東海道と二川宿」

志田氏は蒲原宿の出身。東海道町民生活歴史館となっている志田邸は,醤油を扱う商家で,建造物は国登録有形文化財となっている。その志田氏は,徳川幕府が定めた宿駅制を正しく学校教育で伝えるべきであると熱弁。東海道は一般的に京までの五十三次(品川~大津)と知られているが,本来は髭茶屋追分から,伏見・淀・枚方・守口の四宿を含めた五十七次であることを強調した。五十七次については認識していたが,人馬継立と継飛脚のことは,改めて再認識した。

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2022/10/06

香川元太郎/城郭原画展

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ふらっと豊橋市二川本陣資料館に立ち寄ったら,「甦る名城 香川元太郎 城郭原画展」をやっていた。香川元太郎氏は,日本画家でイラストレーター。日本全国の城郭を描いている。また,迷路絵本も有名だそうだ。書籍を購入した特典で,ポスターをいただいた。吉田城の原画,美しい。吉田城の他,吉田城下の東海道・吉田大橋も描かれている。
今回の原画展では,初公開の船形山城の原画も展示されている。普門寺も描かれていて,貴重。

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2022/01/14

なごやの鎌倉街道をさがす

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「なごやの鎌倉街道をさがす」(池田誠一著 2012年 風媒社)を読んだ。
ここでの鎌倉街道は,京から鎌倉に通じる中世の道のことで,本書では主に名古屋市内の道を紹介している。萱津から,古渡,熱田,笠寺などは,これまでの街道歩きや取材で行ったところ。いずれ愛知県内の鎌倉街道を歩いてみたいと思っている。

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