2021/02/27

知多市佐布里池の梅園

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知多市佐布里(そうり)池の梅園へ行った。梅園の掲示板によると,明治初期に,この地区の鰐部亀蔵さんが,桃の木に梅を接ぎ木して,うす紅色の佐布里梅を生み出したのがはじめだそうだ。戦前には,佐布里梅林として多くの観梅客が訪れたそうだが,1959(昭和34)年の伊勢湾台風の被害や,愛知用水佐布里池の開発により,一時梅林は姿を消したそうだ。しかし,昭和40年代には,地元住民と愛知県の協力で,梅の苗木が植えられ,今では佐布里池梅林として,多くの人に親しまれている。

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梅園内にはたくさんの梅が咲き誇り,とてもきれいだった。佐布里梅は,うす紅色だそうだが,近くに行って写真に写すことをしなかった。

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2020/12/26

西尾市岩瀬文庫

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友人と,西尾市岩瀬文庫へ行ってきた。西尾市岩瀬文庫は,西尾市の実業家岩瀬弥助氏が1908(明治41)年に会館した私立図書館で,1955(昭和30)年に西尾市立図書館岩瀬文庫となり,2003(平成15)年に「古書の博物館」としてリニューアルオープンされ,今日に至っている。写真奥に見える旧書庫は,国登録有形文化財。
岩瀬文庫に関心を持ったのは,豊橋市の羽田八幡文庫の蔵書が売りに出されたときに,多くの蔵書を岩瀬文庫が引き取ったということ。この蔵書の多くは,後に豊橋市が買い戻したそうだが,一部はこの岩瀬文庫に残っている。今回展示はなかったが,羽田八幡宮文庫の蔵書が現存するのは,この岩瀬文庫の存在が大きいといえる。

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西尾し岩瀬文庫には,「アマビエ」が出現する20年前に描かれたとされる「姫魚(ひめうお)図」が伝来する。「アマビエ」の先輩である。姫魚図には,「諸国にコロリ(コレラ)が流行って人々が亡くなるであろう。私の姿を描いて貼っておけば病にかからず子孫繁盛する。」という意味のことが書かれている。写真の模型は,疫病退散の意味で作られたのであろう。新型コロナウイルス感染症の一刻も早い終息を望んでいる。

 

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2020/11/26

郡上八幡のまちなみ

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郡上八幡の吉田川より北の地区を,郡上八幡北町という。この郡上北町のうち職人町,鍛冶屋町,大手町,柳町と八幡城を含む範囲が,2012(平成24)年に,国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。写真は,職人町。建物は,1919(大正8)の北町で起きた大火災後に建て直されたものだが,同じような造りが並んでいる。

 

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郡上八幡のまちなみには,多くの水路がある。流水や湧水が多いのも,落ち着いたまちなみに映える。写真の宗祇水(そうぎすい)は,1985(昭和60)年に,名水百選第1号に指定されている。岐阜県指定史跡。

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2020/11/22

郡上八幡城

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郡上八幡城へ行った。郡上八幡城は,1559(永禄2)年に,遠藤盛数が,八幡山に砦を築いたのが始まりとされる山城で,続日本100名城に選定されている。遠藤氏以後,稲葉氏,井上氏,金森氏,青山氏が城主となっていて,青山氏のときに明治維新を迎えている。廃藩置県により廃城となり,1870(明治3)年に取り壊されたが,1933(昭和8)年に模擬天守が木造で再建されている。木造再建天守としては,日本最古。

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東名高速,東海環状道,東海北陸道を約2時間走って到着。ふもとの駐車場から歩いて登ろうとしたが,駐車場が満車のため,そのまま登頂道へ誘導されてしまった。細くて,切り返しの多い道。歩行者も多く,運転はドキドキの連続。怖かったが,何とか山頂駐車場に入ることができた。しかし,入場直前に雨で大変。天守に入ると,ギシギシ,バリバリ,うるさい音。木造建築のため,床がきしむのだそうだ。それでも,木造だけに,天守の中の雰囲気は抜群。城はこうでなくっちゃ。各層からの見晴らしも抜群。

天守内を見学後,外に出ると,幸運なことに青い空が見える。残っていた紅葉と天守のツーショットも撮れて満足。

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2020/11/06

日出の石門

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11月3日の街道歩きで,日出の石門を見てきた。何回か,自動車で通ったことはあったが,じっくり見るのはずいぶん久しぶり。こんなにきれいだったんだ。写真は,沖の石門。日出園地の高台から見下ろした。岸の石門もあるが,観光客もいて,いい写真は撮れなかった。

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日出園地から東を見ると,堀切海岸と大山がある。名古屋テレビなどの中継でなじみの画像。西には,恋路が浜の向こうに,伊良湖岬の山が見える(3日のブログ写真)。きれいな写真が撮れて,うれしかった。

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2020/09/22

秋葉神社本宮上社と二俣城跡

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友人と三人で,浜松市天竜区にある秋葉山本宮秋葉神社の上社に行った。秋葉神社は,火防の神として古来より民衆からの信仰が篤く,江戸時代には多くの人々が,秋葉山に登ったという。先日の本陣講座で,掛川から秋葉山・鳳来寺山が参拝のコースだったと聞き,ぜひ来てみたいと思っていた。途中の山道は道が細く運転はとても大変だったと思う。運転の友人に感謝。今回,来ることができて良かった。

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帰路に,二俣城跡を見学した。40年ぶりの再訪。40年前に来たときの記憶は,写真の天守台のみ。そのとき見た天守台,当時と変わらないのだろう。何だか感慨深い。武田方と徳川方が戦った二俣城跡は,国指定史跡。

 

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2019/11/17

鈴鹿フラーワーパーク/萩の黄葉

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昨日は,加佐登神社・白鳥神社古墳を見学し,その足で能褒野王塚古墳へ歩いて向かった。加佐登神社の境内にほぼ接して鈴鹿フラーワーパークがある。加佐登調整池(白鳥湖)の北側の道を歩いていくと,駐車場と門があった。何と入場無料。この時季,花は少なくパンジーぐらい。パンジーも植えたばかり。それでも,道路を歩くよりフラワーパークを散策しながら進む方が良い。

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野点広場へ行くと,何やら黄色いものが。萩の黄葉かな。近づいてみると,思った通り。これだけ見事に萩の黄葉を見たのは久しぶり。よかった。

もう一か月早ければ,花も見られたろうに。

この後,荒神山観音寺にも寄った。

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2019/11/05

焼津神社の日本武尊像

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昨日,焼津神社に行った。主祭神は日本武尊。焼津神社の由緒書きには,「(ヤマトタケルが東征のとき,)敵の罠にはまり火に囲まれてしまいます。そこで尊は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で草を薙ぎ払い,向火を放って敵を退けました。」とある。それにより,この地は「焼遺」という地名となり,焼津になったといわれる。

境内は,七五三参りの家族連れで賑わっていた。菊の展示会も行われていた。

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ひと通り見学し帰ることに。でも何かもの足らない・・・。鳥居の写真を撮りに行くと,「ありました!」 菊花展のテントの裏に。テントで石像がかくれて見えなかったのだ。あやうく日本武尊の石像の写真を撮らずに帰るところ。セーフ。でも,下から見上げると,暗くて上手く写らなかった。

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2019/10/07

日本平のヤマトタケル銅像

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日本平に,ヤマトタケルの銅像の写真を写しにいった。凜々しい。

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せっかくなので,日本平ホテルで軽食を食べる。アッパーラウンジからみる三保の松原や駿河湾の景色は絶景。富士山が見えれば,最高。

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2019/08/30

旧糟谷邸と尾崎士郎記念館

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西尾市吉良町荻原大道通の尾崎士郎記念館・旧糟谷邸に行った。

旧糟谷邸は,江戸時代のこの地の大地主で,三河木綿の総問屋であった糟谷縫右衛門家の屋敷である。主屋・長屋門・土蔵・屋敷神などの建物は,愛知県指定文化財となっている。糟谷家は,現千葉県の大多喜藩(大河内松平家)の御用達商人でもあり,木綿の他,干鰯・米・味噌なども商ったという。一時三河吉田藩の藩主であった松平伊豆守家も松平大河内家だが,調べると元々は親戚筋であるようだ。

主屋には,みせ部・座敷部・数寄屋部があり,いくつもの部屋があることに驚いた。廊下を歩いていると,庭がきれいで,とても落ち着く。ところどころに萩の株があるのがいい。

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旧糟谷邸に隣接して「尾崎士郎記念館」がある。尾崎士郎は,「人生劇場」で有名。尾崎士郎は,幡豆郡横須賀の郵便局長の家に生まれ,早稲田大学に進学したが,実家が没落し除籍となる。その後,小説家となり,「人生劇場」を発表したという。もともと吉良町の図書館にあった尾崎士郎の展示コーナーを独立させ,記念館を開設したそうだ。東京都大田区の尾崎士郎自宅の書斎も移築されている。(写真は書斎内部)

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